PythonでTUIプログラムを作っていたとき、ふとこんなことを考えた。
プログラムって、結局は loop の中で動いている。
while True:
この一行の中で、入力して、判断して、出力して、また最初に戻る。
終わるまで。いや、多くの場合は終わらないように設計されている。
C言語の授業で最初に学んだ while 文。
当時は当たり前すぎて、深く考えなかった。
「繰り返し処理だな」
それ以上でも以下でもなかった。
でもフレームワークを離れて、
Spring Bootもなく、
仕組みを全部自分で書いて
TUIを動かしてみたとき、急に見えてきた。
ああ…
全部、ここで起きてるんだ。
Spring Bootでは、
コントローラを書いて、
アノテーションを付ければ、
リクエストは「いい感じに」処理される。
それは間違いじゃない。
でも 中で何が起きているかは、だんだん見えなくなる。
いつの間にか僕たちは
**「なぜ動くか」より「どう書けば動くか」**に慣れていく。
マニュアル型エンジニア。
きつい言い方かもしれない。
でも効率を求めた時代の必然でもある。
ただ、自分で while を回すと、
フレームワークが隠していた真実が見えてくる。
結局、サーバも、
プログラムも、
同じことを繰り返しているだけなんだ。
朝起きて、
仕事に行って、
働いて、
食べて、
家に帰って、
寝る。
また最初へ。
入力があって、
判断があって、
出力があって、
そして loop の先頭に戻る。
若い頃は気づかない。
「生きるって、こういうもんだ」と思っている。
でも中年になると、
ふと頭をよぎる。
「あれ… これ、ずっと同じ while の中じゃないか?」
人生を生きているつもりで、
実は決められた構造の中で、部分的な修正だけしてきたんじゃないか。
バグが出たら直す。
遅ければチューニングする。
給料が低ければ転職を考える。
全部、loop の中での改善だ。
でも
loop 自体を変える発想は、あまり持たない。
なぜなら loop は
あまりにも馴染み深く、
当たり前で、
長く回り続けているから。
プログラムも、
人生も、同じだ。
PythonでシンプルなTUIを作り、
while の中ですべてを自分で書くと、不思議と楽しい。
派手じゃない。
効率的でもない。
でも 正直だ。
「ああ、これだけなんだ。」
「自分が何をしているのか、全部見える。」
人生にも、そんな瞬間が来るのかもしれない。
複雑なフレームワークを外し、
派手な抽象化を置いて、
自分はいま、どの loop の中にいるのかを
静かに見つめる時間。
プログラムのように生きてきたことは、
必ずしも悪いことじゃない。
プログラムは
繰り返しの中でも意味を生み出す。
小さな入力が、
まったく違う結果を生むこともある。
loop の中にいると知って生きるのと、
気づかず回り続けるのは、全然違う。
今なら分かる。
僕たちは while の中にいた。
そしてそれに気づいた瞬間、
選択肢が生まれる。
その選択は、
もう自分たちのものだ。
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